心の行方(トサカ丸×黒羽丸+α)


とくとくと、無性に早まる鼓動に上がる熱
知らず育った想いが心を揺さぶり
不可解な症状に振り回される―…



□心の行方□



その日、夜も遅く、まだ就寝前であったリクオを訪ねてきた者がいた。

「で、黒羽丸。困ったことって一体何があったの?」

部屋に入るなり黒羽丸は夜分遅くの訪問を詫び、畳の上に正座すると、何やら改まって、正面に座るリクオを見た。

「あの、ですね、その…」

黒羽丸にしては珍しくはっきりとしない物言いに、リクオは首を傾げる。

「もしかして僕には言いにくいことなのかな?それとも夜の方に用事?」

「いえっ!とんでもない。そうではなくて…」

慌てて否定した黒羽丸は膝の上できゅと拳を握ると、意を決し、やや伏し目がちに話始めた。

「ささ美に相談したところ、こういったことはリクオ様の方が詳しいのではと言われまして…」

「うん?ささ美が…?」

「実はどうにも最近体の調子がおかしいのです。これでは任務に支障が出てしまうのではと心配で」

「ん?それなら僕じゃなくて鴆くんに診てもらった方が良いんじゃ」

口を挟んだリクオに黒羽丸は首を横に振る。

「すでに診て頂きました。体は健康そのものだと鴆様は笑って、太鼓判も押して下さいました」

ちらりと上げられた紅い瞳が頼りなげに揺れるのを見てリクオは口をつぐむ。
どうにもならなくなって自分を頼ってきた黒羽丸に、リクオは少しでも力になれればと真剣にその相談に耳を傾けた。

「しょっちゅうと言うわけではないのですが、時々胸が苦しくなったり動悸が…」



◇◆◇



そうしてリクオは一つの結論に達した。

もちろんリクオは医者ではない。ないが、体に表れる症状やその時の状況、それ以外の時と、一通り話を聞いて、黒羽丸がかかっている病気が何なのか分かってしまった。
けれど、これは自分が言っても良いものなのか。

ゆらゆらと不安定に揺れる瞳を見返し、腕組みをしたリクオは難しい顔をする。

「ところで、トサカ丸には相談しなかったの?」

「はい。その、何となくトサカには聞きづらく」

無意識に回避したということだろうか。
不意に黙ってしまったリクオに黒羽丸が控えめに声をかける。

「リクオ様、それで俺はどうしたら…」

「あぁ、ごめん。そうだね、そんなに深刻になるようなものじゃないから大丈夫だよ」

不安そうな表情を浮かべる黒羽丸を安心させる様にリクオはにこりと笑ってみせた。

「そう、ですか…」

ほっと目に見えて安堵する黒羽丸に、リクオは心の中だけで呟く。

(命には関わらないけど、心には…。まぁ、トサカ丸も黒羽丸が好きみたいだから大丈夫かな?)

その声に、リクオにしか聞こえない声が答えた。

《そういうことなら他人が入るより当事者同士でやらせた方が誤解もねぇし、てっとり早いだろ》

トサカ丸に丸投げしてみろ、と無責任なことを言った夜にリクオは思案気な表情を浮かべる。

「ん〜、僕、ちょっと席を外すけど黒羽丸はここで待っててね」

「はぁ…」

考えたのは一瞬、すくりと立ち上がったリクオは廊下へ出て、自室から少し離れた場所まで歩くとトサカ丸を呼んだ。

「お呼びでしょうかリクオ様」

すとっと空から舞い降り、背にある漆黒の翼を畳んだトサカ丸は地面に片膝を付いてリクオを伺う。見上げてくる真摯な眼差しをジッと見つめ返し、リクオは口を開いた。

「トサカ丸は黒羽丸の想い人って知ってる?」

「え?」

「どうにも好きな人がいるらしいんだけど、本人にその自覚がないらしくて。今、黒羽丸が僕の部屋に相談に来てるんだよ」

「……えぇっ!兄貴が!?それで、兄貴は何て…いや、好きな人って一体何処のどいつですか!?」

分かりやすく顔色を変えて立ち上がったトサカ丸にリクオは微笑む。
そして、トサカ丸が瞼を瞬かせた間にリクオの姿がゆらりと揺らめき、雲間から覗いた月明かりに銀色が煌めいた。

「おめぇも男ならいい加減腹ぁくくれ。横からかっさらわれちまうぜ」

低く変わった声音とその姿にトサカ丸が目を見開く。そんな様子のトサカ丸には構わず、縁側から庭へと降りた夜のリクオはトサカ丸の横を通る際その胸元を軽く握った右の拳でトンと叩いた。

「黒羽丸は俺の部屋に居る。大事なら大切にしろよ」

俺はちょぃと出てくる、とそれだけ言ってリクオはひょいと屋敷を囲う塀を乗り越えて姿を消す。

「………」

一人その場に取り残されたトサカ丸は叩かれた胸元に右手をあて、グッと拳を握った。

「かっさらわれる、か。…それだけは絶対に嫌だ」

考えただけで苦しくなる胸にトサカ丸は表情を歪ませる。

黒羽丸とは生まれた時からずっと一緒にいた。
護って護られて、…いつしか兄貴が傷付く姿を見るのが嫌だと思った。

強い光を宿した紅い瞳。凛とした横顔に心惹かれ、頼りにされていると感じる度に嬉しいと心が騒いだ。
生真面目で冗談が通じない所も、意外と頑固で自分の意思を曲げない所も。数えだしたらきりがない程、その存在そのものがとても大切で大切で…愛しい。それが、

「誰かのものになるなんて、俺には堪えれねぇっ…」

あらゆる感情を内包して吐露された言葉は掠れ、シンと静まり返った夜の庭に落ちる。

「…トサカ?」

その声は、聞いている者の胸を締め付ける程に切なく響き、偶然聞き取ってしまった者の心を揺さぶった。

「っ、兄貴。何でここに…」

「お前こそ何て顔してるんだ。お前らしくもない」

待てども戻ってこないリクオが心配になり部屋を出てきた黒羽丸は庭で立ち尽くすトサカ丸を見つけ、その様子に声をかけずにはいられなかった。

いつもとどこか違う雰囲気を纏うトサカ丸に黒羽丸の鼓動がとくんと跳ねる。

(リクオ様は大丈夫だと言ったが…)

表れた症状に戸惑いつつも黒羽丸はゆっくりと縁側から降りて、トサカ丸の正面に立つ。今は自分の事よりも、どこか泣きそうに表情を歪めたトサカ丸の方が大事だった。

「どうした?何があった?」

「兄貴…」

曇りの無い紅い瞳が真っ直ぐにトサカ丸に向けられ、続く言葉を紡げないでいるトサカ丸に黒羽丸はしょうがない奴だと苦笑して手を伸ばす。

自分より少し高い位置にある頭に触れ、ぽんぽんと軽く叩く。するとトサカ丸を取り巻いていた空気がふつりと切れた。

「黒羽」

「――っ」

伸びてきた腕に腰を浚われ、体を引かれる。倒れ込むようにトサカ丸の胸に飛び込んだ黒羽丸は一瞬息を呑んだ。

かぁっと全身が沸騰する様に熱くなって、顔に熱が集まる。とくとくと尋常でない早さを刻む鼓動に、黒羽丸は抵抗することも忘れ固まった。

「黒羽…俺、アンタを誰にも渡したくない」

「っ!?」

「誰にも…」

ぎゅっと強く深く胸の中に抱き締められて、耳元に寄せられた唇が熱く囁く。

「…黒羽が好きだ。一人の男として。いつからなんて分からないぐらいずっと前から」

抱き締めていた腕を少しだけ緩めて、俯いて何も言わない黒羽丸の艷やかな黒髪を見つめ、トサカ丸は言葉を続ける。

「たとえ、黒羽が他の奴を好きだって言っても、俺が絶対に振り向かせるから。だから、だから…」

「っ、言うな!もう言わないでくれ…!」

言葉を重ねようとしたトサカ丸の声に黒羽丸の声が被さる。

「もう…分かったから…」

そう弱々しく呟き腕の中で震えた黒羽丸にトサカ丸は痛みを堪える様に一度瞼を閉ざすと、抱き締めていた腕から力を抜いた。

「……そっか。悪ぃ、兄貴…俺…」

「――謝るな。俺の方こそ気付けなくて悪かった」

黒羽丸を見れなくて、視線を横に反らしたトサカ丸は次に言われた台詞に目を見開く。

「俺もお前のことが好きらしい。ようやく分かった」

「え?」

バッと戻した視線の先に、目元を赤く染めながらも微笑む黒羽丸がいた。

「二度も言わせるな。…どうやら俺もトサカ、お前のことが好きみたいだ」

「…う…そ。…夢、じゃないよな?もう一度抱き締めても良い?」

「お前は一々許可を出さないと抱き締めてくれないのか」

さらりと事も無げに言った黒羽丸にトサカ丸は声も出せず、ぶんぶんと首を強く横に振り、優しく包むように黒羽丸を抱き締めた。

「黒羽…っ」

「あぁ…」

そうして、応えるようにそっと背に回された黒羽丸の手にトサカ丸はとても嬉しそうな笑みを溢し、黒羽丸も照れたように小さく笑みを溢した。





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